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祭月の熱闘5



 校内はけっこう凄いことになっていた。

 新入生歓迎仮装大会なだけあって、制服の学ランを着ているのは1年生のみだ。2、3年生は全員なんらかの仮装をしている。

 さっき通った2年生のクラスはアニマルカーニバルということで、全員動物の耳と尻尾をつけていた。猫耳の美少年は眼福だったが、バニーボーイの相撲部員は視界の暴力だろう。

 今通った同じく2年生のクラスは、プリンセスガーデンと名付けられている。中をちらりと覗くと、美人のオーロラ姫や野獣の白雪姫が1年生をもてなしていた。うわ。競泳パンツ一丁の水泳部。お前、首から「人魚姫」の札下げてなんのつもりだよ。

 こんな具合に、校内は眼福と暴力が吹き荒れているわけだが、そんな中、改めて感心することがある。千堂と殿村だ。

 俺たちが歩を進めるたびに、ごった返した廊下に十戒のごとく道が開ける。周囲からは、ふたりの名前が聞こえ、うっとりとした視線がついてくる。


――うわ! 千堂会長、ヤバすぎッ――

――殿村副会長、マジかっけぇ!――

――現実離れしすぎだろ、あの美形ぶりは!――


 それに加えて、まるでおまけのように俺の名前が続く。俺に対しての声は多すぎて、なにを言っているかまでは聞き取れないが、俺の名前だけは聞き取れる。どうやら、まだカマだなんだって呆れるような話が残っているらしい。周りの声を聞き取った、背後のふたりが殺気立っているからわかる。

 好きに言わせておけよ、と宥める前に。

「薄汚れた目で零を見やがって。端から沈めてやろうか」

「ふふふ。零さんに抱かれたかったら、その前に僕が抱き絞めてさしあげましょう」

 ふたりとも猛獣の目で呟いた。動物に例えると、虎と熊みたいな感じ。道で背後にいてほしくないものベストスリーに入りそうなのが今、俺の背後に。

 一般人なら泣くか叫ぶか気絶するか、親父なら殺して食べるか。そんな状況で、周囲から一歩飛び出る影があった。

「あぁぁぁぁッ 零お兄さまッ! なんですかそのお姿は!?」

 聞き覚えのある声に振り返ると、ひと月前は中等部生だった俺のファンクラブ会長がいた。

「満流か。入学おめでとう」

 笑って祝うと、彼は律儀にお辞儀しながら礼を述べる。

「ありがとうございます。じゃなくて! 零お兄さま、その仮装はヤバいです! セクシーダイナマイト! 跪づいていいですか!?」

 鼻息が徐々に荒くなる。あれ。俺の周りってこんなのばっか?

「満流は詩英たちと気が合いそうだな」

「はい?」

「いや。なんでもない。それより、楽しんでいるか?」

 話題を変えておく。詩英はまだしも、敬ちゃんに会わせてはマズイとは本能的に感じた。

「はい。演出や装飾なんか勉強させていただいてます。来年は僕がしきりますから」

 それは楽しんでいるのか。

 事もなげに話すが、満流くん。お兄さま驚きだよ。君、やっぱり普通の一年生じゃなかったんだな。先輩を差し置いてしきる「予定」ではなく、この時点でもはや「決定」なんだな。頼もしい限りだ。

 感心していると、満流は視線を俺の背後に向ける。

「千堂会長、殿村副会長。進級おめでとうございます。そのお姿、惚れ惚れしちゃうほどカッコイイです」

 またもや律儀に頭をきっちり下げて祝いを述べる。

「あぁ。篠原も入学おめでとう」

「ありがとうございます、篠原くん。入学おめでとう」

 ほのぼのした会話が続くと思いきや。

「そうだ。お前、そろそろ生徒会に参加しろよ。少しずつ高等部の仕事の引き継ぎするから」

 あれ。生徒会って選挙あったよな。9月だったか。

「はい。明日から伺わせていただきます」

「ブレーンになりそうな人はいましたか」

「そうですねぇ。持ち上がりからふたり、編入組から凄いのをひとり見つけました。後は育てるしかないですね」

「篠原くんに任せておけば大丈夫ですね」

「はい。次の生徒会は僕が責任をもって引き受けます」

 どこかの管理職みたいな会話が続いているのは違和感バリバリだが、まあよしとする。が。

「お前ら選挙は関係ないのか」

 9月が選挙なのに、4月のこの時に決まってるような話っておかしくないか。

 可愛い満流少年は朗らかに言った。

「関係ないですよー。だって僕が勝ちますもん」

 断言した。すごい自信だ。

 俺が驚いているのを見て、殿村が微笑みつつ説明してくれる。

「白煌の選挙は選挙前にたいてい決まります。コネクション、根回し、裏工作、妨害、なんでもありですから」

「僕、得意なんです。そういうの」

 えへ。って、おいおいおいおい。可愛い顔で腹黒いこと言ったぞ。なんだこの殿村ジュニアみたいなのは。

「汚いな。清き一票はないのか」

「大人になる前に汚い世界を知れ。社会に出るための勉強と思え。という意図らしいがな」

 俺の眉間に皺を寄せた呟きに、疲れたように千堂が答える。

「そうやって生徒会長になった奴がなに他人事みたいに言ってんだよ」

 そう突っ込むと、苦虫をかみつぶしたような千堂と、おかしそうに笑う腹黒コンビがいた。どうやら、千堂の生徒会長就任にはなにかあるらしい。

「千堂会長はすごいんですよ、零お兄さま。妨害も裏工作もものともせずに生徒会長の座に就いたんですから」

「なにしたんだ、お前」

 背後の騎士と目を合わせるべく振り返り、見上げて尋ねる。首が少し痛い。腹の立つ高さだ。

 目線を俺に合わせ、むっつりと答えた。

「襲撃されたから返り討ちにしたまでだ」

 襲撃って。

「そんなことも有りなのか!? ありえないだろ!?」

「本当にありえないですよねー、失敗する襲撃をかけるところとか」

「事前に相手の戦力を綿密に計算し尽くして、さらに保険をかけてから襲撃し、それを証拠も残さず完遂しないようでは所詮生徒会長の器ではありませんよ」

 天気の話でもするようにほのぼのと話すふたり。襲撃、オッケーらしい。なんつー学校だ。というか、なんつー腹黒さだ。

「その襲撃返り討ち事件が広まって、千堂会長の地位は盤石になり、選挙で圧倒的勝利を果たしたわけです。千堂会長は、白煌の伝説をお作りになったんです」

 そんな逸話があったとは。BL全寮制男子校のルールのごとく、カッコイイだけで選ばれたのかとばかり思ってたよ。そこにはガチンコがあったのか。

「殿村はなにかなかったのか」

 裏工作派かとも思ったんだが、殿村がそれほど権力を欲しがるとも思えないしな。

「僕はいつの間にか推薦されていて、なぜか対抗馬がいなくなってしまったので、繰り上がり当選でした」

 なんだそれは、と感じた疑問は満流が解消してくれる。

「これが白煌の伝説その2です。殿村副会長が推薦された途端、他の立候補者すべて棄権したんです」

 つまり、熊と戦う猛者はいなかった、と。

「すごいな、お前」

「惚れ直しました?」

「まず惚れてない」

「それは残念。これはもっと押さなくてはいけませんね」

 押すを通り越して、押し倒されそうで悪寒を覚える。背後では千堂が臨戦態勢に入っていた。

 ここで戦る気かよ。ああもう勝手にしろよ。そう投げやりになったとき。

「あ、そうだ」

 自然に千堂と殿村の間に入り込み、声を上げたのは満流だった。やるな少年。さすがしきるのが三度の飯より好きなだけはある腹の据わり方だ。

「先程お話に上がった編入組の逸材をご紹介しますね」

 こっちに来て、と俺たちを取り巻く人込みに向かって手招きする。呼ばれて出て来たのは、背格好は俺とたいして変わらない少年だった。こちらを見る、深い漆黒の目が印象的だ。水を思わせるような透明感と、冷たい硬質さが漂っている。

 へぇ。こんなところで会うとは思わなかったな。 大きくなったじゃないか。

「紹介します。同じクラスの袁明一(えんあきかず)くんです。お父さまが中国の方なんですって」

 紹介されて、わずかに頭を下げる。

「袁です。よろしく」

 頭を下げている袁に、闘気をぶつけた。直後、彼はその場を跳び退く。いい反応だ。

 唇の両端が持ち上がる。そんな俺を怪訝そうに彼は見た。

「好久不見。小明(ひさしぶりだな、明)」

 驚愕にこれ以上ないというくらい目を見開く。

「……難道是千波師兄? 怎麼可能(……まさか千波兄さん? そんな馬鹿な)」

 まぁこれでわかるわけないよな。こいつには、俺が誰か知っていてほしい。それだけの絆があるのだから。

「ちょ、え? どういうこと?」

 困惑する満流少年に、険しい顔の騎士と武将。

 彼らが見えてないわけではないが、それ以上に俺はこの袁少年を構いたかった。

「如果想知道我是誰的話,来三年一班。我在那裡等。(俺が誰か知りたかったら、3年1組に来な。待ってる)」

 そのときの俺の顔は、あの「勝利を確信した笑み」というやつだったことだろう。

 それだけ告げると、俺は歩き出した。

 さぁ、楽しくなってきた。






祭月の熱闘4  祭月の熱闘6










※中国語のところは正確ではありません。雰囲気だけ味わってください。

【2008/03/29 23:06】 | メビウスの涯 | トラックバック(0) | コメント(3) |
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コメント
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【2008/04/01 20:15】 | #[ 編集]
イコさま
すばらしい中国語訳をありがとうございます!
こんな風に手伝っていただけるなんて、小説公開していて本当に良かったと思いました。
それでなのですが、どうもこのブログはおバカちゃんらしく、いくら入力してもいくつかの漢字が「・」になってしまうようなのです。せっかく教えていただいたので正しく入力したかったのですが、このおバカちゃんの能力じゃ理解できないようなので、どうかなんちゃって中国語でお許しください。
本当にありがとうございました。
【2008/10/13 02:10】 URL | 緒実 #-[ 編集]
管理人さま
こんにちは、随分と以前に書きこみしたイコです。
コメントご覧になってくださって、ありがとうございます。
活用していただいて、とても嬉しいです。
というわりに、コメントに気付いたのが、
非常に遅くて申し訳ないです◎
こちらのサイトに掲載されている小説は
とても面白くて、
いつも更新を楽しみにしております。
【2009/10/14 13:24】 URL | イコ #-[ 編集]
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