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神山コーポレーション秘書室~病休~



 朝目が覚めたら、起き上がれなかった。

 喉が痛い。頭が痛い。ゾクゾク寒気がする。

 これは会社に行っても迷惑になるな。幸い、今日は重要な会議も出張もない。有休も余っていることだし、今日はお休みさせていただこう。

 動かない体に鞭を打って、なんとか電話を二件かけた。






 藤倉が会社を休んだ。風邪だということだ。

「……自宅の藤倉さんて、どんな生き物なんでしょうか」

 恐怖と好奇心交じりに稲岡が言ったことから、俺たちは終業後に、わざわざ予定を調整してまで藤倉の見舞いに行くことにした。

 車で行っては迷惑だろうと考え、公共機関と徒歩で藤倉の家に向かった。

 駅から5分という藤倉のアパート。そのアパートの藤倉の部屋の前に、小柄な若い女が立っていた。俺たちが近寄ると、こちらに気付いた女が振り向く。

 きれいな女だった。アーモンド型の目に、筋の通った鼻筋、形のいい唇。女優と言われたら納得できる美貌の女だ。藤倉と同じくらいの年齢だろう。もしや、藤倉の彼女だろうか。

 またしても、胸がもやもやした。なんなんだこれは。この気持ちにつける名前には心当たりがあるが、それだけは絶対に嫌だ。藤倉は男だ。なにより、藤倉だ。こんな感情、冗談にしては最悪だ。

 他に見舞いがいるなら帰ろうかとも思ったが、せっかく来たのだから顔くらい見ていこう。

 ドアに近寄ると、女が俺たちに声をかけてきた。

「こんにちは。和雅のお友達かしら」

 透き通った鈴の音のような声だった。前田はまだしも、稲岡は鼻の下が伸びている。みっともねぇな。

「私たちは和雅さんの会社の同僚で、神山と申します。こちらが前田、隣が稲岡です」

 紹介すると、女はにこぉ、とそれは親しそうな表情になった。

「まぁ、わざわざ来てくれたんですか。ありがとうございます。今開けさせますから、ちょっと待ってくださいね」

 そう断りを入れると、女は突然チャイムを連打し、同時にドアを拳で殴りだした。

 見かけからは想像できない野蛮な行動とともに、驚愕の事実が判明する。

「和雅ぁ、寝とるんか? お母ちゃんやで! はよ開けなさい! ドア壊してまうで! 大阪のおばちゃんは待てへんからな!」

 お母さ、ん?

「さ、詐欺だ」

「さすが藤倉さんのお母様だ……」

 若い女、いや、藤倉の母親の世代ならそれ相応な年齢に違いない。比呂斗の保育園の先生より驚異的な外見だ。

 その母親に見とれていた稲岡は、現実にあからさまにショックを受け、前田は感心していた。

 部屋の中からゴソゴソ音がし、鍵が回る。そして。

「あぁ、うるさいっちゅーねん。なんやクソババァ」

 暴言とともに現れたのは、ボサボサ頭の藤倉だった。汗ばんだ肌、紅い頬から、どうやらまだ熱があるようだとわかる。

「なんややないやろ。電話で死にそうな声出しとるからわざわざお母ちゃんが大阪から来てやったんやないの。ありがとうございますー言うて頭下げられる覚えはあっても、クソババァ言われる筋合いは目ぇのクソほどもあらへんわ。なんて冷たい息子や」

 外見は貧血で倒れそうなくらい繊細な美貌なのに、口を開けば間違いない。これは大阪のおばちゃんだ。

「へぇへぇ、あんがとーございますー。てなんでドアをヤーちゃんのごとく殴られ、開けた途端に怒られた上にお礼言わなならんねん。俺は病人やぞ。母親ならもっと労らんかい」

「口の減らない子ぉやねぇ。誰に似たんや。お父ちゃんか」

「オトンは海底の貝より口重いやんか。デカい尻に敷かれてかわいそうてならんわ」

「アホやなぁ。大阪ではお父ちゃんと書いて座布団と読むんやで。敷いてなんぼ。敷く以外になんぞ用途があるんか。あらへんわ」

「俺、大阪の女とだけは結婚せぇへんわ」

 風邪だけではなく疲れたように言い放つ藤倉の目が、俺たちを捉えた。そして案の定。

「社長、どうなさったのですか? 前田さんに稲岡さんまで」

 感情の全く読めない冷静な笑みを浮かべ、藤倉は突然秘書になった。

「具合が悪いと聞いたから見舞いに来た。まだ本調子じゃなささうだな」

「わざわざありがとうございます。今日は休んでしまって申し訳ありませんでした。明日は出られると思います。ご心配おかけしました」

 いつもの隙のない秘書の顔で答えた。その藤倉に、稲岡が持っていた果物の詰め合わせを渡す。

「お気遣いいただいてありがとうございます。ところで稲岡さん、タカマツさんとの会議の書類はできましたか。サンスタイルさんのところからは予定変更のメール届いていると思いますが、スケジュール調整はうまくいきましたか。それから」

「え、え、え? あ、あのまだできてません! すみませんッ!」

「明日朝一番でやってくださいね。それと前田さん」

「おい。それくらいにしておけ。お前は今日、仕事を忘れろ」

 マシンガンのように仕事をしようとする藤倉を遮り、強制終了をかけた。稲岡。助かった、という欝陶しい眼差しで俺を見るな。

「仕事を、忘れろ、ですか」

 すると、藤倉は滅多に見ることのない呆然とした顔になる。なんだこれは。

 そう思ったとき。

「あー! 神山って芳継(よしつぐ)さんの息子さんですか!? まぁ大きいなられて。うちの愚息と夫が二代に渡ってお世話になってます」

 見た目若すぎる母親が、俺に向かって挨拶をする。そうか、藤倉の母親ということは、藤倉の父親の妻なんだよな。

 藤倉の父親は、俺の親父の秘書をしていた。だから俺も何度か藤倉の父親には会った事がある。藤倉の父の妻なら、俺の父親や幼い俺に会っていてもおかしいことはない。俺は覚えていないが。

「こちらこそ、和雅さんには大変お世話になっております。和雅さんはとても優秀な方ですので、側にいていただけると助かります」

「ありがとうございます。こんな玄関先ですみません。狭くて汚い家ですが、お入りになってください」

 息子の住む家を見事にこき下ろし、中へと誘う。それでいいのか、と藤倉を見れば、彼は見たこともない、魂の抜けたような顔になっていた。

「藤倉?」

「和雅、しっかりしいや。秘書はお休みかもしれへんけど、あんたはうちの息子はお休みできへんのやで」

 意味の理解できない母親の言葉に、けれど藤倉の意識は戻った。

「……そか。俺はオカンの息子か」

「そうやで。わかったらお母ちゃんの荷物、中に運びいや。お客さんもお待ちや」

 そう言った藤倉の母親の足元にあった旅行カバンは、見事なヒョウ柄だった。

「病気の息子に重い荷物を持たせようなんて、心の優しいオカンに涙が出てくるわ」

「せやろ。その心優しいお母ちゃんのために、軽ぅい荷物くらい運んでくれても罰は当たらんで」

 何を言っても無駄か、とばかりにため息をついた藤倉が、他を威嚇するほど存在感のあるカバンを持ち上げようとする。しかたない、と稲岡に目配せをすると、奴は慌てて藤倉からカバンを奪った。

「藤倉さん! 僕がお母様の荷物運びますから」

 すると、親子がにっこり笑った。

「運んでくれるんか。ありがとうなぁ、稲岡さん」

「おばちゃんの荷物運んでくれるなんてええ子ぉやねぇ。お母様の躾がええんやなぁ」

 連携プレイに目を点にして絶句する稲岡。似た者親子っぷりに、俺と前田は笑いを堪えた。

 藤倉の部屋は、一言で言えば、統一性のない部屋だった。

 部屋の二面に本棚があり、内容は経済誌、政治誌、教育誌から、美術音楽関係、絵本まで幅広く揃い、まるで本屋の縮図だ。

 本棚のない一面には、大きな物置棚が置かれている。カーテンがかけられているため何が入っているのかわからないが、きっと本棚と同様の混沌を示しているに違いない。

 部屋に闇鍋男の片鱗を見た。この部屋に複数の人間が住んでいるのではないかとすら思えた。

「相変わらず節操のない部屋やなぁ。こんな部屋で寝たら、地震が起きたときに潰されてまう。お母ちゃん、今日はあんたの隣で寝るわ」

「へぇへぇ。いびきで俺の安眠妨害せんといてや」

「失礼な子やな。いびきかいて歯ぎしりして寝笑いするんはお父ちゃんだけや。あのひと、起きとるときより、寝とるときの方がうるさいねん」

 昔、ちらっとだけ見た親父の秘書、藤倉父の姿は、スラリと背の高い、端正な顔立ちの紳士だった。あの紳士が寝笑い、するのか。

「稲岡さん。そのヒョウ柄のうるさいカバン、こっちの部屋に置いてもらえるか」

 藤倉が襖を開けると、その部屋の異常さに息を飲む。

 畳の部屋の真ん中に、布団が敷いてあった。藤倉が寝ていたのだろう。部屋には、寝乱れたそれしかない。家具も、小物も、何一つないのだ。声が響くくらい、殺風景で異質な部屋だった。

「それじゃあ、お持たせで申し訳ないんですけど、果物むきましょうか。その辺にお座りになってお待ちいただけますか」

 藤倉の母親が見舞いの果物が入ったかごを持ち、台所に立つ。その台所は、まるで飲食店の厨房のような様相をしていた。数種類の鍋に包丁、見たこともない器具。闇鍋藤倉は、どうやら料理もするらしい。

 怠そうな動きの藤倉が、棚と本棚の隙間から小さな丸テーブルを出してきた。脚を引っ張りあげて四つ脚になったテーブルの面には、見事な竜の彫刻がしてある。

「素晴らしいテーブルですね」

 前田がそれに触れて話題にすると、ありがとう、と藤倉が礼を言う。まさか。

「これ、修行時代に彫ったやつやねん。後継者にならんか、て言われたんやけど、教採受かったから辞退したんや。ようできとるやろ。未熟な作品やけど、自信作や」

「そ、うですか」

 前田も、稲岡も、言葉が出てこない。

 修行時代?

 謎が多すぎて、もはや何がなんだかわからない。根掘り葉掘り聞きたいところだ。いっそのこと、奴の人生をレポート形式で提出願いたい。

「そういやあんた、大学時代はしょっちゅう修行や言うてうちにおらんかったな。机彫ってたん?」

「机彫っとったんは4年のときや。他はまた別んとこ」

「ほんま節操のない子ぉやな。転がる岩はコケがつかんて言うの知らんの」

「知らんなぁ。転がる岩は分裂して子沢山になるんやろ」

「あんたはアメーバか。こんな子ですけど、末永く使ってやってくださいね」

 短い時間で、りんごやなし、もも、かきを剥いて皿にのせ、爪楊枝をさして母親が果物を持ってきた。

「皆さん和雅と一緒にお仕事されてるんですよね。うちの子どうですか。ちゃんと働いてますか」

 湯呑みを茶托に入れ、それぞれの前に置きながら聞いてくる。答えたのは最後に目が合った稲岡だ。

「藤倉さんはいつも冷静で何でもご存知で、とても頼りになる方です。僕はいつも尊敬してます」

 それを聞いた母親が、つまらなそうに相槌を打った。

「なんや、それじゃお父ちゃんみたいやな。つまらん」

「いやいや、正しい秘書の姿やろ。なんやつまらんて。つーか母親に聞かれて、息子さんは落ち着きがのうて物知らずで、何をさせるにも心配です、て言う奴はおらんやろ。言われたいんか」

「そんなやったらお説教できるチャンスや。ドラマみたいな数時間に及ぶ愁嘆場とか、昔から一遍やってみたかってん」

「ほっといたら一日中しゃべってられるオバハンの説教なんか聞きたないわ」

「あんた説教させてくれたことないもんな。要領ええもんやから」

 親子のハイスピードな会話に、藤倉の過去を感じさせる。ものすごく気になるじゃないか。

 見れば、前田はチラチラと視線で、稲岡は口をパクパクさせた間抜けな仕草で訴えてくる。お前ら、俺に聞けってか。眉をしかめて脅すと、二人は揃って頷く。こいつらは、こと藤倉に関しることでは、俺に遠慮を見せない。

 しかたない。

「藤倉くんは、どのようなお子さんだったのですか」

 代表で母親に聞いてやった。部下二人の耳がダンボになる。

「和雅ですか。今と変わりませんよ」

 その返答は困る。今の藤倉の実態が読めないから聞いているのだから。

「ええと、それはつまり、冷静で賢くて頼りになるお子さんだったということですか?」

 稲岡が果敢にも食いついた。

「そうですねぇ。そういうことを言われることもありましたね」

 母親が茶をすすりながら答える。なんとなく歯切れがよくない。まだ何かありそうだ。

「もしかして、明るく元気なガキ大将と言われることもあったのでは?」

 前田も同じことを思ったらしい。普段こういうことには口を挟まないような男なのに、思わずというように質問をしていた。

「そうですねぇ。そう言われたこともありました」

 母親は、まだ歯切れが悪い。

「まるでお笑い芸人のように愉快な子だと言われたことはありますか?」

 言いながら思い浮かべていたのは、テキヤ藤倉だ。

「そうですね。それもありました」

 沈黙が落ちる。

 俺たち三人の頭に浮かんだのは、きっと同じことだろう。

 藤倉。昔から闇鍋男だったのか。

「俺の昔なんて聞いたって楽しないでしょうに。皆さんはどういう子どもやったんです?」

 熱っぽい顔の藤倉が首を傾げる。顔だけは綺麗な奴なので、その様はとても艶めいて見えた。

「いや、話すような子ども時代じゃない。それより、随分長居をしてしまったようだ。具合が悪いのに付き合わせて悪かったな。俺たちはこれで帰るから、ゆっくり休んでくれ」

 視線で前田たちに合図を送ると、二人はすっと立ち上がる。

「厚かましく長居をしてすみませんでした。お早い回復を願っております」

「藤倉さん、お大事にしてくださいね」

 前田が背筋のすっと伸びた武士のような礼をすると、幾分慌てて稲岡が続く。

「気を遣わせてすみません」

「お見舞いありがとうございました。今後とも、うちの愚息をよろしくお願いします」

 玄関でドアから出て来てまで見送ろうとする親子を留め、俺たちは藤倉のアパートを後にした。

 道を歩く俺たちは無言だった。ぽつり、と稲岡が呟く。

「……昔から謎の生命体だったのか」

 それは、誰にも聞かせるつもりはなかったのだろう。けれど、だからこそ、本心なのだとわかる。

「……稲岡、それは失礼だ。藤倉さんは人間だぞ」

 前田が訂正を入れる。が、お前もなかなか失礼だ。訂正箇所はそこだけか。

「うわっ 口に出してたんだ。すみません」

 慌てて謝るが、俺たちに謝ってもしょうがないだろうが。

 それきり無言で歩く。

 謎の生命体、か。

 気になることがあった。俺が仕事は忘れろ、と言ったときのアイツの表情だ。

 虚ろな表情。頼りない瞳。あれは一体なんだったのだろう。

 俺はまだ、本当の藤倉を知らないのだと、そう感じた。

【2010/01/02 00:23】 | SS | トラックバック(0) | コメント(7) |
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コメント
ついに!藤倉さんの影らしきものが!
年齢不詳のお母さんもいいですね♪

このシリーズとても楽しみにしています!
【2009/09/23 02:09】 URL | asa #JalddpaA[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/09/23 19:03】 | #[ 編集]
素で思いました。
『えっ……藤倉さんて…風邪ひくんだ……!?(愕然)』

…………。
そそそそうよねっ!; 藤倉さんだって人間だもの! 人間だもの…ッ!!
(失礼過ぎる)
【2009/09/24 05:09】 URL | 丁 #4Z88OPSM[ 編集]
病人になりきって枯葉の枚数でも数えてるのかと思った私は、まだ甘かったようですね。

人生レポート、提出させるが良いですよ社長。
凄い枚数になりそうw
【2009/10/01 23:39】 URL | SIG #-[ 編集]
asaさま
ご感想ありがとうございます!
ちょっとだけ藤倉の素の姿が伺えるところでした。これからも応援よろしくお願いいたします。

みるさま
ご感想ありがとうございます。
はい。藤倉は大阪人でございました。お察しの通り、今回は「息子バージョンの藤倉」です。
さて、本当の藤倉はどんなヤツなのか、お楽しみにv

丁さん
いやだなぁ、丁さんたら。藤倉だって人間ですもの。風邪くらいひきますとも。
・・・でもきっと、彼のかかった風邪が他の人間にうつったら、その人死にそうな気がする。
いやいやいやいや!そんなことない!だって藤倉だって人間だもん!

SIGさん
さすがですSIGさん!
思いもしませんでしたよ、病人なりきり藤倉!
しかし、ただの風邪で「あの葉がすべて落ちたら僕は死ぬんだ・・・・」とかやられたら超うざいですねv
藤倉人生レポートは、きっと卒論並みの枚数になるに違いない(笑)
【2009/10/07 00:18】 URL | 緒実 #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2010/07/23 14:58】 | #[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
【2012/07/18 04:27】 | #[ 編集]
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