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神山コーポレーション社長秘書室~休日~



 金曜日のことだった。終業直後に、比呂斗がシッターさんに連れられて会社にやってきた。ちょうどもう一仕事前の休憩で、稲岡や前田とお茶をすすっているときのことだ。

「トントン、しつれいします!」

 口でノックの音を出し、しっかりとした口調で断りを入れ、比呂斗が秘書室へ入ってくる。その小さな手には、赤い薔薇が一輪あった。

「やぁ比呂斗。どうしたんだ?」

 視線を合わせ、満面の笑顔で尋ねると、前の席の稲岡がお茶をブッと噴いた。ゆっくり飲めばいいのに。相変わらず落ち着きのない人だ。

 シッターさんはドアの外で待つようだ。わずかにこちらに向かってお辞儀をすると、静かにドアを閉めた。

 部屋にひとり入ってきた比呂斗は私に近寄ると、もじもじと照れたように体を揺すりながら、持っていた一本の薔薇を私に差し出した。

「あのね、あのね、でぇとのおさそいなの」

 薔薇を差し出してデートのお誘い! 社長、そういう教育は些か早くありませんか?

「そうか、これは俺にくれるのか。きれいだなぁ。ありがとう、比呂斗」

「うんっ あのね、これね、うちのおにわのばらなの。ほんとはね、はなたばにしたかったんだけど、パパが、くどくときにはさいしょはいっぽんから、っていってたから」

 社長。教育方針はそれでよろしいのでしょうか。

「そうか。それでなんの誘いなんだ? 遊園地か? プールか?」

「ゆうえんちもプールもいきたいけど、ちがうの。あしたおまつりがあるでしょ。ぼくといっしょにいってください」

 上目遣いのうるうるおめめで訴えられた。このくらいの年の子のかわいいおねだりは、胸にキュンキュンくる。きっとこの仕込みも社長に違いないが。

「お祭りって桜通りのやつか?」

「うん!」

 どうしたものか。

 比呂斗とお祭りに行くというのは問題ない。きっと楽しいだろう。けれど。

「明日は休日だ。用事だってあるだろうし、断って構わない。俺と二人で行くからな」

 社長室から出て来てそう言ったのは、もちろん比呂斗の父である神山社長ご本人。長身の、いつも通り貫禄すら見える美形だ。

 社長は私に妬いているふしがある。比呂斗が、時に父親以上に私に懐いているからだ。

 父親の発言に、比呂斗が唇を尖らせた。

「えー。パパとふたりもいいけど、ぼくはふじくらさんとさんにんがいい」

「わがまま言うな。大人には大人の都合があるんだ」

 嗜められてしゅんとする。まるで叱られた子犬のようで。

「ごめんな、比呂斗」

 謝りに一瞬泣きそうになる比呂斗。かわいそうな姿に、皆の目が集中する。が。

「明日は駄目なんだ。桜通りのお祭りで屋台やるから」

「え?」

「は?」

「あ?」

「……えっ えぇぇぇぇ!?」

 比呂斗の、前田の、社長の目が点になり、稲岡の絶叫が響いた。

「どうしたのですか、稲岡さん。いつも言っていますが、もう少し声を小さく」

「や、でも、え、屋台? 屋台って?」

「大学の友人の屋台なのですが、焼きそばを焼くのに手が足りないから手伝ってほしいというので」

「藤倉さんが、屋台。焼きそば? これ、夢? 僕起きて会社行かないと」

「おい、しっかりしろ稲岡! お前は起きてる! 夢じゃない! こういうのはパラレルワールドというんだ!」

 しっかりしろ、前田。これはバーチャルだ。

「……お前は周りを錯乱させるなよ。焼きそばなんか焼けるのか」

 終業のときは普通だったのに、社長はなぜかとても疲れた顔になっていた。

「焼くだけですから簡単ですよ。桜通りの薬局の近くだ。明日は遊びに来いよ、比呂斗」

「うん! ぜったいいく!」

 後半は比呂斗に向けて。

 笑顔の比呂斗と、凍った表情の大人たちがその場にいた。













 土曜日。桜通りの祭りに、なぜか前田と稲岡までいた。ふたりにも懐いている比呂斗はとてもうれしそうだった。

「お前ら、暇人なのか」

「そういうわけでもないのですが」

「ですが、社長! これだけはなにをおいても確認しなくてはいけないんです! テキヤ藤倉ですよ!? こわい。こわいけど見たい!!」

 まるでこれからお化け屋敷に入るかのような反応だ。

「いなおかさん、ふじくらさんがこわいの? どうして? ふじくらさんやさしいし、すごくおもしろいのに」

 それはお前にだけだ、比呂斗。藤倉やさしい・おもしろい説には無言になる大人たち。くやしいが、あいつは俺には秘書の顔しか与えてくれない。

「うたもじょうずなんだよ。ラップももたろうとか、えんかきんたろうとか、シャウトうらしまたろうとかうたってくれるの。ほいくえんでならったのとおなじうたなのに、ぜんぜんちがうんだよ。すごいんだぁ」

 ラップの桃太郎は知っている。しばらく頭から離れなかった悪魔の歌だ。

 初めて比呂斗の夜の世話を任せたときから、藤倉には何度か夜の世話を任せたことがある。そのときか? そのときなのか?

「藤倉さん。なんて読めないひとだ……」

「ラップの桃太郎? 演歌の金太郎? シャウトの浦島太郎? なんだそれ! あぁ、聞いてみたい! でも聞いたら後悔しそう!! でも気になる!!」

 まさに悩む人の典型のような稲岡に、周りの視線が痛い。他人のふりをしようか。

 俺が他人のふりをするより早く、比呂斗が混乱する大人たちに声を掛けた。

「ねぇ。ぼくはやくふじくらさんのところにいきたい。ふじくらさんのやきそばたべたいよ」

 そんな言葉に、俺たちは人ごみの中に踏み込んだ。

 たこ焼き、綿菓子、大判焼き、焼き鳥、くじに射的。定番の屋台が、通りの両端を埋めている。

 比呂斗は興味深そうにきょろきょろと辺りを見ていたが、足は決して止めない。藤倉のいるはずの屋台を探し、真っ直ぐに進んでいく。

「やっきょく、やっきょく、やっきょく、あっ そんごくうのおめんだ! じゃない、やっきょく、やっきょく、やっきょく」

 我が息子ながら、一途さに泣けてくる。なぁ、息子。なにも藤倉じゃなくてもいいだろう?

 比呂斗が藤倉一筋になる理由もわからなくはない。なにせ、藤倉は社内でも有名な美人だ。隙がまったくないので踏み込んでこようとする者こそ皆無だが、彼の美しさはよく社員の噂に上るほどだ。

 外見がそれで、比呂斗にとってはやさしく、そしておもしろい男なのだ。あくまでも比呂斗にとっては。慕わない方がおかしいというものだろう。

 それはわかる。わかるのだが、周囲をフリーズさせる兵器、もしくはひとり闇鍋男――その心は、なにが出てくるかわからない――にそこまで入れあげなくても、と親心では思ってしまう。

「あっ やっきょくあった!」

 そして、焼きそばの屋台を探すが、ひとごみでなかなか見つからない。ふと、一際ひとが固まっている場所があることに気付いた。

「なんでしょうか、あれは」

 前田が、武将のような顔を不審そうにしかめた。

 日本人の本能と言おうか、何となくそちらにむかってみた。迷子にならないよう、比呂斗を肩車すると、比呂斗が叫んだ。

「パパ! あそこにふじくらさんがいるよ!」

 肩車のおかげで見えたようだ。

「あの人ごみの中に屋台があるのか?」

「ある! ふじくらさんがやきそばやいてるよ!」

 それなら近寄るしかない。集まっている人々の中には、どうも買うために並んでいるわけでもなさそうなひともいる。少しずつひとを避けながら屋台へと近づいていった。

 後悔するとも知らず。

 屋台の中には、男がふたりいた。ひとりは、もちろん藤倉だ。Tシャツにジーパン、ねじり鉢巻とふたりとも同じ格好をしている。

 汗みずくになって焼きそばを作りながら、ふたりの口は手と同時に動いている。

「和雅。ちょぅソースたりひんわ」

「ほんま? ほならそこからとったらええわ、晴久(はるひさ)の頭」

「ここ? おぉぎょうさんつまっとんで、俺の脳みそー。軽く一億二千万人分はあるで!って味噌やん! 焼きそばに味噌ってきいたことあらへんわ!」

「ええやん。売れるで。新商品です、言うて。日本人は「新商品」の言葉にめっちゃ弱いからいけるはずや。俺は絶対食わへんけど」

「自分が食わんもん、人様に食わせたらあかんやろが! 売る前にまずお前が食え! 食ってうまかったらゴーや!」

 見知らぬ男、おそらく藤倉の友人の突っ込みが藤倉の胸に入る。

 いろいろ言いたいことはある。

 なぜ関西弁。

 なぜ漫才。

 そして。

 お前がボケなのか!?

「せやけど、晴久。脳みそって味噌やろ。和風やったんやなぁ。ほなら欧米人の脳って脳ソースなんやろか。なんや耳からソース垂れてきそうやな。欧米人はたいへんや」

「耳からソース垂れ流してる外人さんなんて見たことあらへんわ! あるんかお前!」

「耳からコード出しとる日本人はぎょうさんおるけどな。そこの兄ちゃんとか。兄ちゃんサイボーグか?」

「アホ! イヤホンや! お客さんすんませんなぁ、こいつアホなんですわ」

「アホちゃうぞ。こう見えて、俺は大企業で社長の秘書しとって、完璧すぎて社員からサイボーグと呼ばれとんねんぞ」

「お前がサイボーグなんかい! ほんと、こいつ妄想はげしいてすんません!」

 マシンガントークに、周囲は爆笑だ。いたたまれない。そのボケ役。本当に俺の秘書なんだ。

「兄ちゃんたち、芸人さんなの?」

 焼きそばを受け取った親父がふたりに聞いた。

「せやねん。コンビ名は」

「ヤキソバン!」

「パクリかい! 著作権引っかかる! やめて!」

 ふたりの屋台からは笑いが絶えない。ここまで来てしまったが、こっそりひっそり立ち去ろう。ふと見れば、前田、稲岡は硬直したまま動かない。駄目だ。置いていこう。そう決めて、じわりじわりとバックを始めたとき。

 若干空気が読めないのが子どもの特権だろう。それはわかるさ。

「ふっじくらさーん!! ぼくきたよー!!」

 肩の上で、比呂斗が両手を振って叫んだ。ばっと注目を浴びる。俺は容姿やバックグラウンドから、注目されることには慣れている。しかし、こんな居心地の悪い注目のされ方は初めてだった。

「おー! 比呂斗よくきたな! こいよ! 焼きそばやるぞ!」

 比呂斗に話しかけるときは、テキヤ藤倉と若干違う。ちょっと待て。それじゃ俺に対するときは。

 さーっとひとが避け、藤倉の所まで道ができた。これでは行かざるをえない。

 俺が近寄ると、恐れていた事が起きた。満開のガキ大将の笑いが、突如クールな秘書に変貌したのだ。

「社長。休日にお疲れ様です」

 読めない笑みを浮かべて、冷静に挨拶された。周囲がきょとんとしてざわめく。




 あれ、あのひともしかして本当に秘書なの?

 あの男前が社長なのか?

 お笑い芸人じゃないの?




 正直に言おう。今、この場で俺は社長だとばれたくない。このテキヤのボケ役が秘書だと思われることはもっと嫌だ。

「藤倉。テキヤ藤倉バージョンでいてくれ。今のお前の仕事はテキヤだろ」

「はぁ。承知いたしました。ほな神山はん、焼きそばいくつにしはります?」

 か、神山はん。

 絶句していると、比呂斗が先に答えてしまった。

「ふじくらさん、よっつちょうだい! あのね、まえださんといなおかさんもいっしょなの」

 視線をやれば、そろりそろりと立ち去る後姿が見えた。逃げやがったな。

「よっつな! しょうが大サービスや!」

「えー、しょうがよりやきそばいっぱいがいい! やさいはすこしにしてー!」

「あかん。野菜ぎょうさん食わんと、お肌つるつる血液さらさらになれへんぞ。かわいい比呂斗のためや。野菜大サービス」

「いやー!」

 藤倉にあえて嬉しいのだろう。肩の上で、手足をバタバタさせて喜びを表現している。痛い。比呂斗、暴れるな。

 黙っていると、ふとおもしろそうな視線が向かっていることに気付いた。藤倉の相方だ。

「何か?」

「いやぁ、こいつ、和雅。おもしろいでしょう」

 にやにや笑う様子から、どうやらこの男は俺以上にいろいろな藤倉を知っているようだと悟る。それがなぜか、腹立たしかった。

「そうですね。闇鍋のようで、いつも楽しませてもらっていますよ」

 俺だって知っているんだ。と、そんな意味のない牽制をしてしまった。

「ははっ 闇鍋! 言いえて妙だな! 今日はこいつ借りてしまって済みませんでした。どうぞお祭を楽しんでいってください」

 にや、と笑う様がどう見ても一癖二癖ありそうな男だ。しかも、おかしな誤解をしているように思う。まるで、俺たちが休日を共にするような関係のような。

 代金を払い、名残惜しそうな比呂斗を連れて屋台を後にする。笑顔で見送ってくれる藤倉。隣の仲のよさそうな男。

 なにか、もやもやとしたものが胸の中にある。なんだろう、この気持ちは。

 こういう気分のときは、八つ当たりするに限る。八つ当たり相手は、もちろん途中で逃げやがった部下ふたりだ。特に稲岡。首を洗って待っていやがれ。
 実際ふたりのところに行ってみれば、放心状態で八つ当たりのし甲斐もなかったのだが。俺に八つ当たりさせろ!

 後日、あの癖のありそうな藤倉の友人が、本業は弁護士だという事が判明。類は友を呼ぶというか。お前ら、本当になにをやっているんだ、と嘆きたくなった一件だった。
【2009/08/21 01:15】 | 現代 | トラックバック(0) | コメント(10) |
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コメント
藤倉さーん!
テキ屋藤倉面白いですwww
社長とフラグがたってますね!
でも弁護士さんも気になります!( ´艸`)
【2009/08/21 18:09】 URL | みつき #MlQgtKFg[ 編集]
藤倉さん、最高すぎる!
最初は破天荒なタイプだと思ってた社長が
全然常識人に見えます(笑)
今後も相棒(?)の弁護士さん登場希望ですv
【2009/08/22 00:17】 URL | morika #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/08/22 17:31】 | #[ 編集]
社長と恋人になったら、「恋人バージョン藤倉」とかも出てくるんでしょうか。
……興味の尽きない人ですね。
【2009/08/22 23:39】 URL | SIG #-[ 編集]
みつきさま
ご感想ありがとうございますv
フラグは立っていてもラブくなれるかは不明ですが。だって藤倉だし。
弁護士さんは本名、天野晴久です。出番が増えるよう応援してやってください。

morikaさま
ご感想ありがとうございます!
藤倉に比べたら誰もが常識人(笑)
弁護士さんとは、大学時代からあんな感じという設定です。

ちはさま
ご感想ありがとうございます!
闇鍋秘書に夢中になっていただけて嬉しいです。私もあの歌でシャウトを聞いてみたくてたまりません。誰かやってみてくれないでしょうかねぇ。

SIGさん
まいどご感想ありがとうございます!感謝感謝です!
「恋人バージョン藤倉」って想像するとめちゃくちゃこわいですね。社長鳥肌立てそう(笑)


【2009/08/23 00:35】 URL | 緒実 #-[ 編集]
通りすがりに初めてお話読ませていただきました。凄く面白くて声を出して笑ってしまいました!楽しい時間をありがとうございました!!
【2009/08/29 14:16】 URL | モモかぶと #-[ 編集]
モモかぶとさま
コメントありがとうございます!
偶然通りすがってくださったときに楽しんでいただけたなんて嬉しい事です。またぜひお越しくださいませv
【2009/08/30 23:43】 URL | 緒実 #-[ 編集]
つい(?)、対恋人な藤倉さんを妄想して遠い世界へ行っておりました~!^^
……やはり甘々ですかね?! いやいや、小悪魔的な…? ……ツンデレだったら…どうしよう。笑
【2009/08/31 22:00】 URL | 丁 #-[ 編集]
丁さん
お久しぶりですv
遅くなってすみません;メッセージが交わせてうれしいです。
対恋人な藤倉はまだまだ当分先のようですよ。それがどんなイキモノかはお楽しみにv
【2009/09/14 21:57】 URL | 緒実 #-[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
【2011/05/05 21:17】 | #[ 編集]
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